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ひたすら考えたことをひたすら書き殴ってひたすら終わる。

いいセリフが入らないといけない症候群

どうにも「いいことを言っておかないとまとまった気がしない」と感じる物事が多いです。本当はそんなものはさして必要が無いとは思っているんですが、1つのツイート・1つのブログ・1つの詩・1つの散文に至るまで、何か1つの形としてまとめる時についキメになるものが欲しくなってしまうんですね。

これは新年一発目の記事の内容とちょっと関連してますが、週に1回~3回ぐらいは記事を書きたいのにブログの記事を投稿する頻度が低くなりがちな理由って何があるんだろう?と今年自分の現状を振り返った時、たどり着いた答えの1つが今回の話のテーマです。つまり心の中で「『何かキメになる言葉が入っていないと記事として成立しない』と無意識に考えているから」と考えてしまっていたからなんです。

話のオチとして「良い表現」を求めてしまうんですよね。テーマと全体的な構成をガッチリ決めて書く文ではそういうキメ台詞をあまり必要としないんですが、着地点を特に決めずに書き始めた文に関してはもうひどいとまで言って良いぐらいに悩みます。オチがないと生きていけないぐらいの勢いで文章を書いてはこねくり回し、コピペして位置を入れ替え、接続詞や間投詞に至るまで気を使い、漢字をひらがなに変え、「やっぱり読みにくいから」と元に戻し。700字ぐらいで良い感じにまとまっていた文を1000字近くまで引き延ばして結果的に若干冗長になったりといったことは当たり前のように頻発します。

文中に某かの結論が出ていないと落ち着かないのかも知れません。だらだらと文を書いてゆるっとまとめる方法でも大丈夫な文を書き慣れていないということでもあると思います。特に専門的な事を書いてないブログの1記事なんてそんなガッチガチじゃなくたっていいんですよねえ。むしろ変に堅っ苦しくないほうが雑記の集団としてカッコいいかもなんて思ってみたりすらしてます。今年一年を使ってこの「いいセリフ症候群」を治していかなければなりませんね。


というわけで新たな目標ができました。もしかしたらこの「いいセリフ症候群」ってtwitterの影響だったりするのかしら。